油彩画やイラストレーションを描いていた1975年、仕事の成り行きで布に出合った。
女性の針や布、糸離れが取り沙汰されていたその頃、某ミシンメーカーの新製品発表に伴い「布を使って楽しめるモノ」を依頼され、「不思議の国のアリス」「赤毛のアン」をベースに数十種のキャラクターや風景、小物類をデザインし制作した。当初、布を染める意識は全く無く、生成りの布で作った様々なモチーフに絵具で手彩色という作り方だった。それらはそれなりに素朴で楽しい作品に出来上がった。
人前に出せない失敗作だけがアトリエに残され、それらを壁に押しピンで止めたり、額に入れて飾っていた。仕事で疲れた時、それらの作品を眺めていると、心癒され慰められた。「絵というのは絵具で描くものだけではない」私の中でその意識が芽生え、育まれていくことになる。しかし「染布で絵を描いてみよう」と行動に移すには大変な勇気が要った。
布を染めることを覚え、絵具代わりの染め布は十色二十色と増えていった。少し洗い皺が残った染布を額に入れて飾ると、それはそれだけで何かをたくさん語りかけてくる。綿布という素材は、それだけで充分存在感があり、温かく優しく柔らかい。
1977年、油絵具や水彩絵具は棚の奥にしまい込み、布を使って絵を描く事に専念した。モチーフは日常的な風景、四季折々のイメージ画。溢れるように絵を描いた。
この手法で絵を描き始めた頃と、今の制作状況は全く何も変わらない。変わったといえば色数が500色を超えている事と、この手法が「自分らしい絵の表現のひとつ」と信じて制作し40数年を通過してきた事くらいだろうか。その通過した年月の分、曖昧だったものがおぼろげながら明瞭になり、染布ゆえの色彩にも馴染み、確かに少しずつ変化していく今を楽しんでいる。飽きることなく楽しんでいる。現在、風景画にこだわらず静物画に興味を持ち、草花などを自分らしい構成で制作している。
2019年、ミシンによる表現を始めた。初めてではないが20数年ぶりのミシン操作に困惑と焦燥。
20数年前、作陶家の荢毛健作氏と「男と女の裸体展」という二人展を開催する機会を得た。その展覧会の為に人物をミシンで30点程制作したことがある。
現在制作中のミシンによるファブリックアートは、従来の空気感を持った心象風景と抽象的な絵画。
小さな作品はMixed Media。布、青貝プレート、ビー玉、真鍮、木など周囲にあるものをアッサンブラージュした「時折の心のかたち」というシリーズ。箱状のオブジェである。
大きな作品は心象的な情景を制作。キルティングアートとは少し間隔を置いて考えている。針目は小さいが勢いでパーツを止め付け、鉛筆の線画の様でありたいと思っている。粗くていい。
制作しながら版画に近い感覚を覚え、新たな世界の入り口に立たされている気がする。(2025年4月)
